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山口県は、周防国と長門国という二つの旧国から成り立っています。なぜ、どちらの旧国名でもなく「山口」という地名が県名になったのでしょうか。その背景には、盆地状の地形と、この地を本拠とした大内氏の栄華がありました。
鎌倉・室町時代の周防国(現在の山口県周南市周辺)にいた土岐氏について、美濃土岐氏との違いや、富田保の地頭としての役割、大内氏との関係などを史料からたどる。
室町時代、大内氏は交易で得た富を背景に、京都の雅と大陸の国際性を融合させた独自の文化を山口に花開かせました。応仁の乱で都から移り住んだ文化人や、明・朝鮮との交流がその形成に大きく寄与しました。
室町時代から戦国時代にかけて、山口を本拠とした大内氏は、地理的優位性を活かした国際貿易、巧みな政治・軍事手腕、そして京都文化の積極的な受容により、広大な領国を支配し、一時は将軍擁立にも関わるほどの力を持った。その独自の発展過程を辿る。