curiosu / キュリオす
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宇津ノ谷峠の家々に掲げられた屋号。これは苗字とどう違うのか。屋号は中世以降、庶民の実質的な名として機能し、江戸時代には商家が信用を得るために用いた。明治維新を経て苗字が義務化されると、屋号を苗字とする家も多く、両者の歴史は交錯する。
東海道の宿場町、岡部宿は宇津ノ谷峠という難所の西側に位置し、旅人の休息地として重要な役割を担った。小規模ながらも、加宿制度や茶の生産、独自の灸治療などで宿場機能を維持し、街道全体の安定に貢献した。
宇津ノ谷峠の十団子は、かつて旅の軽食だったが、鬼退治伝説と結びつき厄除けの護符へと変化した。その成り立ちと現代に伝わる風習を、街道名物や信仰の視点から追う。
静岡市と藤枝市の境にある宇津ノ谷峠。古代の「蔦の細道」から現代のトンネルまで、各時代の道が並存するこの場所は、日本の交通史を物語る「道の博物館」とも呼ばれる。その変遷と役割の変遷を辿る。
鎌倉時代の「麻利子」に始まる丸子の歴史。江戸時代には東海道の宿場町となり、宇津ノ谷峠越えの旅人を支えた。名物とろろ汁と、広重の浮世絵に描かれた風景が、この地の魅力を今に伝えている。