2026/5/19
岩国レンコンの九つの穴、藩主の家紋との意外な関係

岩国レンコンについて詳しく知りたい。
キュリオす
岩国レンコンは、寛政8年(1796年)に門前地区に種が持ち込まれたのが始まり。主力品種の白花種は、九つの穴を持つことが特徴で、これは岩国藩主吉川家の家紋「九曜紋」に由来すると言われる。錦川の清流と瀬戸内の気候、そして砂質土壌が育む独特の食感と合わせて、地域の食文化を支えている。
日本においてハスは古くから存在し、弥生時代には既に観賞用として親しまれてきた。食用としての栽培が本格化したのは明治時代以降と言われているが、岩国におけるレンコン栽培の歴史はさらに遡る。寛政8年(1796年)、当時の岩国藩主であった吉川経忠の命を受けた篤農家、村本三五郎が、現在の岡山県から「備中種」と呼ばれるハスの種を門前地区に持ち帰ったのが始まりである。岩国市東部の干拓地は塩害に悩まされ、米作には不向きであったが、レンコンの生育には適した環境だったのだ。
その後、代々の藩主が干拓地での栽培を奨励し、地域に広まったとされる。大正6年(1917年)には、現在の主力品種である「白花種」の栽培が始まり、尾津地区を中心に一大産地が形成されていった。この白花種は中国から導入された品種で、その名の通り白い花を咲かせる特徴を持つ。 錦川の清流と瀬戸内の温暖な気候、そして肥沃な土壌が、岩国レンコンの生育を支える基盤となったのである。
岩国レンコンの最大の特徴とされる九つの穴は、単なる植物学的な特性に留まらない。そこには、岩国藩の歴史と文化が深く結びついている。一般的にレンコンの穴の数は八つであることが多いが、岩国レンコンはほとんどの個体で九つの穴を持つのが特徴だ。
この九つの穴は、岩国藩主吉川家の家紋「九曜紋(くようもん)」の九つの星の配置に似ていたため、藩主を大いに喜ばせたという逸話が伝えられている。 「見通しが良い」とされるレンコンの縁起物としての価値に加え、この家紋との類似性が、岩国レンコンを特別な存在として位置づけることになった。かつてはお殿様への献上品としても大切に育てられてきたとされる。
植物学的な視点で見ると、岩国レンコンの主力品種である白花種(シナシロバナ種)は、元来、穴の数に個体差が見られる品種である。他の地域で栽培される同品種でも、八つから十、十一の穴を持つものも存在する。しかし、岩国では「九つの穴を持つレンコン」という認識が強く、それが品種選抜や栽培における一つの基準となってきた可能性は否定できない。この地の特殊な土壌、すなわち錦川下流の砂質を多く含む干拓地の土壌が、肉厚でもっちりとした食感と、この特徴的な穴の数を育む要因の一つであるとも考えられている。
レンコンは日本各地で栽培され、それぞれが独自の特性を持つ。例えば、石川県の「加賀レンコン」も岩国レンコンと同じ白花種を主とするが、こちらはでんぷん質が多く、強い粘りが特徴とされている。 また、岩国に最初に導入された「備中種」は、現在では徳島など関西を中心に栽培され、もちもちとした食感と甘みが特徴だ。
これらのレンコンと比較すると、岩国レンコンの特異性はより鮮明になる。岩国レンコンは、その肉厚な身と、シャキシャキとした歯触りともっちりとした粘りを併せ持つ独特の食感が評価されている。 この二つの食感を両立させる点が、他の産地のレンコンとは一線を画す。さらに、一般的なレンコンが粘土質の土壌で栽培されるのに対し、岩国では砂や小石を含んだ泥土で育てられることも特徴の一つである。 この土壌条件が、特有の食感と、そして九つの穴という形態的特徴に影響を与えている可能性は指摘できる。
レンコンが「先を見通す」縁起物として全国的に重用される中で、岩国レンコンの九つの穴は、その縁起の良さに加えて、藩主の家紋と結びつくという固有の物語を付与された。この物語性が、単なる農産物ではない、地域ブランドとしての価値を築き上げてきたのである。
現在、岩国市は中国地方最大のレンコン産地であり、全国でも有数の生産量を誇る。 錦川の清らかな水がパイプラインを通じて蓮田に供給され、徹底した水質管理のもとで栽培が続けられている。 しかし、その収穫は容易ではない。蓮田の深い泥の中、レンコンを傷つけないよう、専用の鍬「バンクワ」や「カイカキ」を用いて一本一本手作業で掘り出す重労働が今も中心だ。 この手作業が、岩国レンコンの品質を保つ上で不可欠な工程とされている。
岩国レンコンは、郷土料理「岩国寿司」や「大平(おおひら)」にも欠かせない食材として、地域の食文化に深く根付いている。 しかし、他の農業産地と同様に、生産者の高齢化や後継者不足、耕作面積の減少といった課題に直面している。 これに対し、岩国市やJA、生産者で構成される「岩国れんこん振興協議会」は、地元の小学生や一般消費者向けの収穫体験を通じて、岩国レンコンの魅力を伝え、次世代へとその伝統を継承する取り組みを進めている。
岩国レンコンの九つの穴は、単なる数の差異ではない。それは、この地の自然条件、歴史的経緯、そして人々の選択と努力が複合的に作用して形成された、一つの地域の象徴である。藩主の家紋にちなむという物語は、レンコンに一層の価値と意味を与え、それが品種の選抜や栽培方法に影響を及ぼし、結果として特定の形質を持つレンコンが「岩国レンコン」として定着したと見ることもできる。
つまり、九つの穴は、植物の多様性の中に、人間が意味を見出し、それを文化として定着させた結果でもあるのだ。自然が与えた可能性を、歴史が彩り、そして現代の生産者が守り育てる。岩国レンコンの九つの穴は、そのすべてを静かに見通しているかのようである。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。