2026/5/20
薩摩鶏をルーツにかごしま地鶏の三種を味わう

鹿児島の地鶏について知りたい。どんな種類がいるのか?特徴や育て方、味や食べ方の違いなど。
キュリオす
鹿児島県には「さつま若しゃも」「さつま地鶏」「黒さつま鶏」の三種類の地鶏がいる。それぞれ薩摩鶏をルーツに持ち、飼育期間や特徴、味わいに違いがある。鶏刺しや鶏飯といった郷土料理でも親しまれている。
「地鶏」という言葉は、特定の基準を満たした鶏肉にのみ使用が許されている。日本農林規格(JAS)が定めるその基準は、単に「放し飼い」といった漠然としたイメージとは異なる。まず、明治時代までに国内に定着した在来種の鶏の血統を50%以上受け継いでいること。そして、孵化から75日以上飼育し、28日齢以降は鶏舎内または屋外で自由に運動できる「平飼い」を行うこと。さらに、28日齢以降の飼育密度は1平方メートルあたり10羽以下に保つこと、といった細かな条件が課されている。 鹿児島県の地鶏は、これらの厳しい基準を満たしているだけでなく、そのルーツに「薩摩鶏」という特別な在来種を持つ。薩摩鶏は、日本三大地鶏の一つに数えられ、国の天然記念物にも指定されている鶏だ。 その歴史はおよそ800年前、薩摩藩祖である島津忠久の時代にまで遡ると言われ、古くから観賞用や闘鶏用として飼育されてきた。 気性が荒く、鋭い眼光と長い足、美しい尾羽を持つその姿は、単なる家禽とは異なる威厳を放っている。 この薩摩鶏の血が、かごしま地鶏の個性と深い味わいの礎となっている。
鹿児島県内で「かごしま地鶏」として認定されているのは、「さつま若しゃも」「さつま地鶏」「黒さつま鶏」の三種類である。 これらはすべて薩摩鶏を父方または母方とする交配によって生み出され、それぞれが異なる特徴と飼育法、そして味わいを持つ。
「さつま若しゃも」は、薩摩鶏の雄と白色プリマスロックの雌を交配して作出された一代雑種である。 昭和46年(1971年)に開発され、翌年の太陽国体の特産品として紹介された歴史がある。 飼育期間は約80日と、他の地鶏に比べて比較的短い。 その肉質は筋繊維が細かく、弾力と締まりがあるが、適度な歯ごたえと共に柔らかさも併せ持つ。 脂肪分が少なく保水性に富み、まろやかな味わいが特徴とされ、煮物や焼き物、鍋料理など幅広い用途で親しまれている。
「さつま地鶏」は、薩摩鶏の雄とロードアイランドレッドの雌を交配し、そこからさらに交配と選抜を12世代にわたって繰り返すことで作出された固定種だ。 開発には平成2年(1990年)から実に10年の歳月が費やされたという。 飼育期間は雄が120日、雌が150日と、JAS規格の75日を大きく上回る長期飼育が行われる。 この長期飼育によって、脂肪分が少なく赤みを帯びた肉質となり、イノシン酸などのうま味成分が豊富に含まれる。 深いコクと旨み、そして甘みが特徴で、2005年の食肉産業展「地鶏・銘柄鶏食味コンテスト」で最優秀賞を獲得した経歴も持つ。 鶏刺しや鶏飯といった郷土料理にも用いられる。
そして「黒さつま鶏」は、鹿児島黒牛、かごしま黒豚に続く「鹿児島の新しい“黒”」として注目される地鶏である。 薩摩鶏の雄と横斑プリマスロックの雌を交配して作出された一代雑種で、県畜産試験場が6年もの歳月をかけて開発した。 飼育期間は雄が84日、雌が126日を基本とするが、一部の生産者ではさらに長期の120日以上、150日以上と独自基準を設けているところもある。 飼育密度も1平方メートルあたり5羽以下と、JAS基準よりもゆったりとした環境で育てられることが多い。 仕上げ飼料に飼料用米を添加したり、無農薬野菜やハーブ、麹菌などを与え、鶏特有の臭みを抑える工夫もなされている。 肉質は水分や粗脂肪が少なく、筋繊維が細かいため、弾力がありながらも柔らかい食感が特徴だ。 濃厚なうま味とジューシーな脂の乗りが評価され、溶岩焼きや炭火焼きでその真価を発揮すると言われる。
日本の三大地鶏として、鹿児島県の薩摩鶏と並び称されるのは、秋田県の比内地鶏、愛知県の名古屋コーチンである。これらはいずれも在来種を基盤とし、厳しい飼育基準と長い歴史を持つ点で共通している。しかし、かごしま地鶏には独自の特色が見られる。 まず、薩摩鶏が古くから闘鶏用として飼育されてきた背景だ。 これは単なる肉用鶏としての改良とは異なる、力強さや野性味といった要素が肉質に影響を与えている可能性を示唆する。気性の激しい薩摩鶏を種鶏に用いつつも、平飼いや飼育密度の管理、長期飼育によって、その肉質を食用として昇華させてきた点は特筆すべきだろう。 また、かごしま地鶏の飼育期間は、JAS規格の最低基準である75日を大幅に上回るものが多い。特にさつま地鶏は120〜150日、黒さつま鶏も多くの生産者で長期飼育が行われる。 これは短期間で成長させるブロイラーとは対極にあり、時間をかけて肉の旨みと歯ごたえを育むという、生産者の明確な意思の表れである。他の地鶏も長期飼育を行うが、鹿児島では特にその傾向が強く、それが各ブランドの個性となっている。 そして、鹿児島独自の食文化である「鶏刺し」の存在は大きい。 新鮮な鶏肉を生で食べる文化は、鶏肉の品質と安全に対する絶対的な信頼がなければ成り立たない。 この食文化が、地鶏の作出と飼育における品質追求をさらに推し進めてきた側面がある。他の地域でも鶏肉を生食する文化は見られるが、鹿児島ほど一般的で多様な食べ方が確立されている例は少ない。甘口醤油とニンニクやショウガで味わう鶏刺しは、かごしま地鶏の品質を象徴する食べ方と言えるだろう。
鹿児島県における鶏肉の消費量は全国的に見ても上位に位置する。 これは、単に地鶏のブランド力だけでなく、鶏肉が日々の食卓やハレの日に欠かせない食材として、古くから深く根付いてきたことを物語っている。 特に特徴的なのは「鶏刺し」だ。新鮮な地鶏のモモやムネ、ササミを薄切りにし、甘口の醤油にニンニクやショウガを溶かして食べる。 部位ごとの食感や旨みの違いをダイレクトに味わえるこの料理は、県外からの訪問者にも強く印象を残す。 また、奄美大島の郷土料理である「鶏飯(けいはん)」も、かごしま地鶏の魅力が活きる一品だ。 蒸した鶏肉のささみ、椎茸、錦糸卵、漬物などを温かいご飯の上に盛り付け、熱々の鶏ガラスープをかけていただく。 薩摩藩の役人をもてなす料理として考案されたとも言われ、昭和天皇が奄美大島訪問時に絶賛した逸話も残る。 家庭料理としても鶏肉は重要な位置を占めてきた。かつては多くの家庭で鶏が飼育され、正月や祝い事の際には庭先で鶏をしめて調理することが一般的であったという。 大根やゴボウ、人参、里芋などと一緒に煮込む「鶏の煮付け」や、骨付きの鶏肉と野菜を味噌で煮込んだ「さつま汁」などは、今も鹿児島の家庭で受け継がれる味である。 芋焼酎との相性も良く、甘口醤油で味わう鶏刺しと芋焼酎の組み合わせは、鹿児島の酒席で定番となっている。
鹿児島で地鶏の生産が盛んになった背景には、古くから薩摩鶏という在来種が根付いていたことに加え、畜産試験場が長年にわたり品種改良に取り組んできた歴史がある。さつま地鶏の開発に10年、黒さつま鶏に6年もの歳月が費やされた事実は、単なる経済効率を追求するのではなく、「本物のおいしさ」を追求する鹿児島の生産者の姿勢を示している。 また、JAS規格を上回る長期飼育や、飼育密度を低く保つ平飼い、さらには飼料への工夫など、鶏にストレスを与えない環境でじっくりと育てる手間が、肉質の向上に繋がっている。 これは、短期間で大量生産されるブロイラーとは一線を画す、時間と手間を惜しまない「スローな食材」としての価値を地鶏に与えている。 鹿児島の地鶏が持つ奥深い味わいや独特の食感は、こうした長い歴史と、それを支える人々の継続的な努力の結晶である。それは、鶏肉という食材が、土地の風土や文化、そして人々の営みと深く結びついていることを静かに語っている。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。