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1867年のパリ万博で、薩摩藩は徳川幕府とは別に単独で出展した。これは、幕末の国内情勢と薩摩藩のしたたかな外交戦略、そしてフランス政府との交渉が重なった結果である。薩摩藩は自らを独立した「薩摩国」として国際社会に提示し、その後の日本のあり方を模索する先駆的な試みとなった。
対馬は古くから朝鮮半島と日本列島を結ぶ「橋」であり「盾」として、独自の外交・通商政策を展開してきた。宗氏による約700年間の支配下で、日本と朝鮮の狭間に独自の秩序が築かれ、現代にもその面影が息づいている。