2026/5/20
対馬はヒラマサ釣りの聖地?暖流が育む豊かな海を辿る

対馬のやまねこ空港で、釣竿を持った人たちがいた。ヒラマサを釣りに行くと言っていた。対馬は有名なスポットなのか?
キュリオす
対馬がヒラマサ釣りの名所とされる理由を、対馬暖流がもたらす豊かな漁場、複雑な海岸線、一年を通して大型魚を狙える環境という観点から探る。他の地域との比較や、島の漁業が抱える課題にも触れる。
対馬は古くから漁業が盛んな島であった。しかし、そのあり方は時代とともに変遷してきた。中世には、対馬周辺海域や朝鮮半島南岸で活動する「海民」による漁業が行われ、網漁や釣漁が記録されている。特に朝鮮との国境に位置する対馬は、国境管理の観点から島民の船の航行が制限されることもあり、漁業の発展には独特の制約があったという。近世に入ると、他国からの漁民が対馬に入漁し、大規模な漁業を担うことが増えた。対馬藩は、豊富な漁場を持ちながらも、食糧自給率の低さから島民に農業を強制し、漁業の利益の一部を吸い上げることで資源活用を図っていた側面もある。安芸国(現在の広島県)の漁民が文化年間(1804~1817年)頃から対馬へ釣漁に出漁していた記録もあり、その中には朝鮮近海でタイ漁を行う者もいたようだ。
しかし、現代の「釣り天国」としての対馬の姿は、明治以降の漁業技術の進歩と、島を取り巻く自然条件の再認識によって形作られてきたと言える。特に1950年代以降の漁具の化学繊維化や魚群探知機、そして近年のGPSの普及は、漁獲能力を飛躍的に向上させた。対馬の漁業の中心は一本釣りや延縄、イカ釣りなどの小規模漁業であり、スルメイカ漁が漁獲量の30~60%を占める重要な位置にある。その一方で、ヒラマサをはじめとする大型回遊魚を狙う釣漁も、島の豊かな海洋環境を背景に発展してきたのだ。
対馬がヒラマサ釣りの名所とされる最大の理由は、その地理的条件と、そこを流れる「対馬暖流」にある。東シナ海から流れ込む黒潮の一部が対馬海峡を通り日本海へ流入する対馬暖流は、高温・高塩分の暖水塊であり、日本海の表層を覆うように北上する。この暖流は、ヒラマサが好む水温18〜24℃の環境を広範囲に提供するだけでなく、イワシなどの餌となる小魚を大量に運び込むため、豊かな漁場が形成されるのだ。
対馬海域は、まさにヒラマサにとって理想的な生息環境と言える。暖流に乗って回遊するヒラマサは、島を取り巻く複雑な海底地形やリアス式海岸の入り組んだ湾、点在する無人島や独立礁に集まる。特に東岸は遠浅で岩礁も多いため、好漁場として知られている。 これらの地形は、速い潮流と相まって、ヒラマサが餌を捕食しやすい環境を作り出す。また、対馬はヒラマサの個体数が「圧倒的に多い」と評価されており、他地域と比較しても釣れるサイズが大きい傾向にあるという。 20kgを超える「春マサ」と呼ばれる大型のヒラマサが釣れるシーズンもあり、その引きの強さは釣り人を魅了してやまない。
ヒラマサは一年を通して対馬で釣ることが可能であり、特に3月頃からの「春マサ」と10月頃からの「秋マサ」が大型を狙うハイシーズンとされる。 春は産卵前の荒食い、秋はシイラなどを捕食し体力をつける時期にあたる。このような四季折々のヒラマサの生態に合わせた釣りが楽しめることも、対馬が「ヒラマサ道場」と呼ばれる所以だろう。
日本においてヒラマサ釣りの名所は対馬だけではない。九州本土では平戸沖や唐津、さらには千葉県の勝浦沖も大型ヒラマサが釣れる海域として知られている。 長崎県の五島列島もまた、大小さまざまな無人島や独立礁が点在する釣魚の宝庫である。 これらの地域も対馬暖流や黒潮の影響を受ける海域であり、豊かな海洋環境がヒラマサを育んでいる点は共通している。
しかし、対馬の独自性は、その「圧倒的なヒラマサの多さ」と「一年を通して楽しめる」点にあると指摘する釣り人もいる。 例えば、九州本土の平戸や唐津と比較して、対馬を拠点とすることで釣り場への移動時間が短縮され、より長い時間を実釣に費やせる利点がある。 また、対馬の複雑な海岸線は、風向きや波の状況に応じて多様な釣り場を選べる「オールウェザー」の条件も提供すると言われている。
千葉の勝浦沖が春に大型ヒラマサの期待が高まるように、それぞれの地域には特定のシーズンや釣り方に特化した魅力がある。対馬は、単に魚影が濃いだけでなく、ショア(陸っぱり)からでもヒラマサが狙えるポイントが豊富に存在し、比較的プレッシャーが低い環境で伸び伸びと釣りができるという声もある。 これは、多くの釣り場が立ち入り禁止となったり、人が集中したりする他の地域との対比において、対馬の大きなアドバンテージと言えるだろう。
今日の対馬では、ヒラマサ釣りを目的としたツアーや遊漁船が多数運航されており、全国各地から釣り人が訪れる。対馬空港へのアクセスは福岡や長崎からの航空便があり、博多港からはフェリーも就航しているため、比較的容易に島へ渡ることができる。 観光協会も釣りに関する情報発信に力を入れ、「釣り天国・対馬」として多様なアクティビティを紹介している。 ヒラマサキャスティングや船釣り体験など、初心者からベテランまで楽しめるプログラムが提供され、釣り具のレンタルも可能だ。
一方で、島の漁業全体はいくつかの課題に直面している。近年、対馬全島で磯焼け(藻場の消失)が深刻化しており、海藻類やアワビといった伝統的な資源の減少が見られる。 海水温の上昇に伴い南方系の植食性魚類が北上し、冬場も海藻を食べることで藻場が失われることが一因とされ、対馬市は食害魚の捕獲など対策を進めている。 対馬の沿岸漁業は、沖合の大型漁業との操業海域の調整や、乱獲防止のための禁漁区設定など、持続可能な漁業資源管理に向けた取り組みも行われている。 釣り人の増加は島に経済的な恩恵をもたらす一方で、資源への影響を考慮した利用が今後ますます重要になるだろう。
対馬のやまねこ空港で釣竿を抱えた人々がヒラマサを追うのは、単に魚が多いからというだけではなかった。そこには、対馬暖流がもたらす豊かな生態系、複雑な海岸線が織りなす多様な釣り場、そして一年を通して大型魚を狙える独特の環境がある。
ヒラマサがどこでも釣れるイメージがある中で、対馬が釣り人の「聖地」と呼ばれるのは、これら複数の条件が奇跡的に重なり合っているためだ。他の地域と比較して、対馬は圧倒的な魚影の濃さと、広大なフィールド、そして比較的自由な環境が釣り人を惹きつける。釣れた魚をクール宅急便で自宅に送れるサービスがあることからも、対馬での釣りが単なるレジャーに留まらない、遠征してでも価値のある「本気の釣り」として位置づけられていることが伺える。 釣り人が対馬を目指すその足跡は、この島の海洋環境が持つ特別な価値を静かに物語っている。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。