2026/5/18
久留米絣、豚骨ラーメン、城島の酒:地域を彩る特産品と銘菓の物語

久留米の特産物や銘菓はあるか?
キュリオす
久留米の特産品である久留米絣、久留米ラーメン、城島の酒、田主丸の植木、そして黒棒や素人残月といった銘菓について解説します。これらの特産品は、筑後川流域の豊かな自然と、先人たちの創意工夫によって生まれ、地域文化を形成してきました。
久留米の特産品としてまず挙げられるのは、「久留米絣」だろう。その歴史は江戸時代後期、1800年頃に遡る。当時わずか12、3歳だった井上伝という少女が、色褪せた藍染めの古着に白い斑点があることに着目したのが始まりとされている。伝は、この布を解いて糸に白い斑点があることを発見し、糸を括って染め、織り上げることで「加寿利(かすり)」と呼ばれる独特の模様を生み出したのだ。
伝は生涯をかけてこの織り方を多くの人々に教え、久留米絣の発展に尽力したという。その後、田中久重による板締絣、大塚太藏の絵絣、牛島ノシの小絣といった技法が加わり、多様な表現を持つ久留米絣が確立されていった。筑後川流域は綿花栽培が盛んであり、この地の肥沃な大地と水が久留米絣の発展を支えた。通気性が良く丈夫なことから、かつては普段着や作業着として広く用いられたが、戦後の生活様式の変化や化学繊維の普及により、産地は一時苦境に立たされた。しかし、職人たちは伝統技術を守り続け、1957年には国の重要無形文化財に、1976年には国指定の伝統的工芸品に指定されている。
久留米の食文化を語る上で欠かせないのが「久留米ラーメン」である。その起源は1937年(昭和12年)、久留米市に開店した屋台「南京千両」に求められる。創業者の宮本時男は、長崎ちゃんぽんの豚骨スープと、当時横浜や東京で流行していた支那そばを組み合わせることで、豚骨ラーメンの原型を生み出したとされる。当初の豚骨スープは透明感を残したもので、現在のような白濁したものではなかった。
白濁豚骨スープが誕生したのは、その10年後の1947年(昭和22年)に杉野勝見が開業した屋台「三九」での出来事だった。ある日、仕込みを母親に任せて外出していた杉野が戻ると、手違いでスープが強く煮立って白濁していたという。失敗かと思われたこのスープを飲んでみたところ、意外な美味しさがあり、これが現在の久留米ラーメンの主流となる白濁豚骨スープの誕生につながったのだ。この偶然の産物が、その後の九州各地の豚骨ラーメン、例えば玉名ラーメン、熊本ラーメン、佐賀ラーメンのルーツになったとも言われている。
久留米は、日本有数の酒どころとしても知られる。特に城島町を中心とした地域は「東の灘、西の城島」と称されるほどだ。この地の酒造りは江戸時代中期の1745年(延享2年)に始まり、筑後川の良質な軟水と肥沃な筑後平野で収穫される米に恵まれて発展してきた。筑後川の舟運は、酒を長崎や熊本、さらには東京へと運ぶための重要な役割を担っていた。明治時代に入ると、酒造業はさらに自由化され、多くの酒蔵が誕生した。しかし、灘の酒との品質差に直面し、蔵元たちは試行錯誤を重ね、軟水仕込みに適した独自の醸造法を確立していったという。現在も久留米市と大川市合わせて16の酒蔵が残っており、毎年2月には「城島酒蔵びらき」が開催され、多くの人で賑わう.
また、久留米市田主丸町は「植木のまち」として全国的に知られている。その歴史は300年以上前に遡り、江戸中期には植木苗木業が始まったとされる。耳納連山の麓に広がる肥沃な土壌と気候条件が、植木の栽培に適していたのだ。特に「久留米つつじ」は、江戸時代の久留米藩士、坂本元蔵が「苔蒔き法」という播種方法を考案し、人工的に新品種を育てたことに始まるとされる。幕末には200種、明治時代には500種以上の新品種が生まれ、国内外に輸出されるようになった。現在も全国有数の植木の産地であり、毎年「久留米植木まつり」が開催され、様々な種類の植木や苗木が展示販売されている.
久留米には、長く愛されてきた銘菓も多い。「黒棒」は、筑後産小麦粉と沖縄産黒糖を使い、しっとり香ばしく焼き上げた生地に黒砂糖蜜をからめた伝統的な焼き菓子である。明治後期から続く歴史ある銘菓であり、一本ずつ職人が手作業で蜜をからめる「手づけ」という製法が今も守られている。黒糖のコクと小麦の香ばしさが特徴で、どこか懐かしい味わいが幅広い世代に親しまれている.
また、大正15年創業の「素人残月」も久留米を代表する銘菓の一つである。丸く広げた生地を半分に折り曲げて焼く製法から「残月」と名付けられたこの菓子には、創業者の「人生は初心を忘れずに生きたい」という思いが込められているという。
その他にも、地元の柿のピューレを使った「くるめんべい」や、発酵バターとクルミを使ったパイ菓子「サクリスタン」、地元の酒やフルーツ、ハトムギを使った洋菓子など、久留米ならではの素材を活かした多様なスイーツが見られる。これらの菓子は、地域の農産物や歴史、そして人々の工夫が凝縮された結果であると言えるだろう.
久留米の特産品を俯瞰すると、繊維、食品、農業、醸造といった多岐にわたる産業が、それぞれ独自の発展を遂げてきたことがわかる。これは、筑後川という九州最大の河川がもたらす豊かな水と肥沃な大地、そして耳納連山から吹く冷涼な風といった自然条件が、それぞれの産業にとって有利に働いた結果だと言えるだろう.
久留米絣は綿花栽培、久留米ラーメンは豚骨の入手、日本酒は米と水、植木は土壌と気候と、それぞれの特産品が地域の自然条件と密接に結びついている。さらに、井上伝や宮本時男、杉野勝見といった先人たちの創意工夫や、困難に直面しながらも技術を磨き続けた職人たちの努力が、それらの恵みを現代に伝える形へと昇華させてきた。久留米の特産品は、単なる土産物ではなく、この土地の風土と人々の営みの重層的な歴史を映し出す鏡のようなものなのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。