2026年5月17日
なぜ力士は土俵で大銀杏を結うのか?格式と実用性の理由
力士の大銀杏は、明治時代の断髪令を乗り越え、十両以上の関取のみに許される格式の象徴である。また、頭部保護や精神集中といった実用性も兼ね備え、現代まで受け継がれる生きた伝統となっている。
土俵に結われる銀杏の葉
土俵に上がる力士の姿を見て、誰もが目を奪われるのはその巨大な体躯だけではないだろう。頭上に結われた、扇状に広がる艶やかな髪型——「大銀杏(おおいちょう)」は、相撲という競技の象徴として、その存在感を放っている。なぜ力士はこの独特な髪型をまとうのか。そして、それはいつ、どのようにして生まれたのか。競技としての相撲の背景に、その髪型が持つ意味を読み解くことは、この国の文化の一端に触れることでもある。
明治の断髪令を越えてきた髷
力士の髷の歴史を辿ると、明治時代初期の大きな転換点に行き当たる。1871年(明治4年)に政府が発令した「断髪令」である。文明開化の波とともに、それまでの武士や町人の間で一般的だった丁髷(ちょんまげ)は「旧弊」とされ、多くの男性が髪を短く切ることを奨励された。しかし、相撲界だけは例外的に、この断髪の波に飲まれることなく、伝統的な髷を維持することが許されたのである。
当時の政府高官の中に相撲を愛好する者が多かったこと、そして相撲が単なる娯楽ではなく、神事としての側面を持つと認識されていたことが、この特例を可能にしたとされる。相撲のルーツが神への奉納儀式にあるという背景が、力士の風俗、特に髪型を「伝統的なもの」として守る理由となったのだ。この決定により、力士の髷は、近代化の過程で失われた多くの風習とは異なり、現代まで受け継がれることとなった。現在の相撲髷の形は、この明治期以降に整えられたものとされている。
大銀杏という名称は、髷の先端がイチョウの葉に似ていることに由来する。江戸時代には、一般の男性の間でも「銀杏髷」と呼ばれる髪型が存在したが、力士の「大銀杏」は、その大きな体躯に合わせて髷の部分をさらに大きく結い上げたもの、あるいはそのように形容されたものだという。
格式と実用性の二重構造
力士が大銀杏を結う理由は、主に二つの側面から説明できる。一つは「格式と地位の象徴」としての意味合い、もう一つは「実用性」である。
まず、大銀杏は単なる髪型ではなく、力士の地位を示す重要な記号である。十両(十枚目)以上の力士、すなわち「関取」と呼ばれる階級の力士だけが、本場所の取組や土俵入りにおいて大銀杏を結うことが許されている。幕下以下の力士は、普段は丁髷を結び、大銀杏は正式な関取の証となる。これは、相撲界における階級制度と深く結びついており、大銀杏を結うことは、力士が厳しい稽古を重ね、一定の地位を築いたことの誇りを示すものだ。その髪型を維持するため、力士は髪を長く伸ばし、専門の職人である「床山(とこやま)」が毎日その髷を結い上げる。力士は普段の稽古では丁髷で過ごし、本場所などの改まった場で大銀杏を結うのが一般的である。
次に、実用面では、大銀杏が頭部を保護する役割を担っている。激しい取組の中で力士が土俵に倒れ込んだ際、髷が頭への衝撃を和らげるクッションとなるのだ。また、大銀杏を結うことで、力士自身の気持ちを引き締め、集中力を高める効果もあると言われている。髷を結い上げる工程は、力士にとって日々のルーティンであり、精神統一の時間ともなる。
これらの意味は、互いに補強し合っている。格式を重んじる相撲において、大銀杏は外見的な威厳だけでなく、力士の安全と精神状態にも寄与しているのである。
他の伝統文化に見る髪型の意味
日本の伝統文化の中で、特定の髪型が持つ意味は相撲に限ったことではない。例えば、京都の舞妓や芸妓も、その階級や年齢、季節によって多様な日本髪を結う。舞妓の髪型は「割れしのぶ」や「おふく」などがあり、これらは簪(かんざし)と共に、その女性の未熟さや経験、あるいはその時期の風情を表現する。これらの髪型もまた、専門の結髪師によって結われ、その維持には多大な時間と手間がかかる。舞妓が地毛で髪を結うのに対し、芸妓はかつらを用いることが多いなど、細部に違いはあるものの、特定の髪型がその人の「役割」や「文化的な位置づけ」を示すという点では共通している。
また、かつて武士が結っていた丁髷も、単なる流行ではなく実用的な意味合いが強かった。兜をかぶる際に邪魔にならないよう、前髪を剃り上げ、頭頂部の髪を束ねて折り返す形が考案されたとされる。これは、戦場という特殊な環境下で、髪型が機能性と結びついていた例である。
相撲の大銀杏、舞妓の日本髪、そして武士の丁髷。これらに共通するのは、髪型が個人の美意識を超え、所属する集団の規範や、その職業が持つ特殊な要求に応える形で形成されてきたという点だろう。しかし、決定的に異なるのは、明治の断髪令において、他の多くの丁髷が消滅したのに対し、相撲の髷は「神事」という大義名分のもと、その存続が認められたことである。これにより、相撲の髷は、単なる歴史的な遺物ではなく、「生きた伝統」として現代にまで息づいているのだ。
現代の土俵に続く結髪の技
現代においても、大銀杏は日本相撲協会が定める「力士規定」により、十両以上の力士が土俵に上がる際に結うことが義務付けられている。この髪型を結い上げるのは、相撲部屋に所属する「床山」と呼ばれる専門職だ。床山は、力士の髪質や頭の形に合わせて、約20分ほどで大銀杏を結い上げる。
その工程は、まず水と「すき油(鬢付け油)」と呼ばれるワックス状の油を髪によく揉み込み、櫛で丁寧に整えることから始まる。このすき油は、モクロウ(木蝋)を主成分とし、独特の甘い香りを放つ。次に、束ねた髪を和紙をロウで固めた「元結(もとゆい)」でしっかりと縛り、髷の先を「髷棒」でイチョウの葉のような扇状に広げて形を整える。この一連の作業は、手先の器用さだけでなく、力士の髪質や当日の湿度に合わせた繊細な感覚が求められる。
床山は、力士の髪を結うだけでなく、その精神的な支えにもなっている。結髪中、力士は取組の戦略を練ったり、集中力を高めたりするという。また、外国人力士の中には、髪質の違いから髷を結うのに苦労する者もおり、床山は彼らの髪質に合わせてストレートパーマをかけたり、細心の注意を払って櫛を通したりすることもあるという。
髪型が語る相撲の深層
相撲の髪型、特に大銀杏は、単なる装飾ではない。それは、力士の階級、文化的な伝統、そして競技における実用性が複雑に絡み合った結果として、現代まで継承されてきたものだ。明治の断髪令という近代化の波を乗り越え、神事としての相撲の側面を色濃く残しながら、力士の頭部を保護し、精神を集中させるという機能をも果たしている。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
出典
- 相撲髷(すもうまげ)とは? 意味や使い方 - コトバンクkotobank.jp
- 明治の断髪令でも生き延びた力士の髷。力士や舞妓さんはなぜ今でも髷を結っているのか? | 歴史・文化 - Japaaan - ページ 2mag.japaaan.com
- 明治の断髪令でも生き延びた力士の髷。力士や舞妓さんはなぜ今でも髷を結っているのか? - エキサイトニュースexcite.co.jp
- 大銀杏 - Wikipediaja.wikipedia.org
- 相撲の大銀杏はどんな髪型?ちょんまげとの違いは?元力士が徹底解説|元力士、大相撲大好きしんざぶろうのライフハックブログshinzabu.com
- 大銀杏とちょんまげの違いはどこにある?結い方や見た目・階級で違いがある? - 最高の学びのすすめasitanotane.hatenablog.com