2026年5月17日
岩手の銘菓「耳かりんとう」はなぜ渦巻き形なのか?
岩手県で親しまれる「耳かりんとう」は、一般的な棒状とは異なる円盤形と渦巻き模様が特徴。その形状は、地域の小麦栽培や郷土菓子の歴史、そして「耳」に似た形が由来とされる。薄く揚げられた軽やかな食感と素朴な甘みは、岩手の風土と人々の暮らしに根ざした菓子文化を物語る。
岩手の「耳かりんとう」が持つ、渦と形の記憶
岩手県の日本料理屋で、特徴的なかりんとうをお土産にいただいた。一般的なかりんとうの持つ、あの均一な棒状の姿とは異なる、不揃いな円盤形。薄く、ときに大きく広がり、表面には黒糖の渦巻き模様が描かれている。その独特の形状から「耳かりんとう」と呼ばれるこの菓子は、なぜ岩手の地で、このような姿を得るに至ったのか。その問いは、単なる菓子の形に留まらず、この土地の歴史と人々の暮らしの痕跡を辿る旅へと誘う。
かりんとう、遠来の菓子が根付くまでの道筋
かりんとうが日本に伝来したのは、奈良時代の唐菓子、あるいは室町時代以降の南蛮菓子に起源を求める説がある。油で揚げた菓子という点では共通するが、その詳細は定かではない。江戸時代には庶民の間にも広がり、明治時代には浅草の菓子店が販売を拡大し、全国へと浸透していったとされる。しかし、その多くは小麦粉を練り、棒状に成形して揚げ、蜜を絡めるという製法が主流であった。
岩手県において「耳かりんとう」の原型が形作られたのは、明治時代から大正時代にかけての時期である。例えば、田中菓子舗は大正12年(1923年)に創業し、現在に至るまで「田老かりんとう」としてこの渦巻き型のかりんとうを作り続けている。また、三船製菓も明治創業の老舗として知られる。この時代、岩手県では盛んに小麦が栽培され、特に「南部小麦」は地域の主要な作物の一つであった。加えて、砂糖も流通しやすくなり、小麦粉と砂糖を主原料とする菓子作りの土台が整っていたのである。
岩手には「がんづき」や「きりせんしょ」といった、小麦粉や米粉を使い、砂糖やくるみ、ごまなどを加えた郷土菓子が古くから伝わる。これらは農作業の合間の「小昼(こびる)」として食され、日々の労働を支える大切な存在であった。こうした背景は、かりんとうという外来の菓子が、この地の食文化に受け入れられ、独自の進化を遂げる素地となったと考えられる。棒状のかりんとうとは異なる、平たくて食べやすい形状は、忙しい合間に手軽に口にできる菓子として、自然と浸透していったのかもしれない。
渦巻き模様と「耳」の正体
岩手の「耳かりんとう」が持つ最大の特徴は、その不揃いな円盤形と、表面に描かれた黒糖の渦巻き模様にある。この「耳」という名称は、揚げた際に熱で生地が変形し、その形が人の耳に似ていることに由来するというのが一般的な説である。また、生地に黒糖を練り込むことで独特の渦巻き模様が生まれる。この模様は、素朴な見た目の中に視覚的な面白さを加えているだけでなく、黒糖のまろやかな甘さを生地全体に行き渡らせる役割も担っている。
製造工程は、まず小麦粉を主体とした生地を練り上げることから始まる。岩手県内の一部の製造元では、地元の南部小麦や米油、三陸宮古の塩といった地域特有の素材を用いることもある。練り上げた生地は薄く延ばされ、円盤状に裁断される。この薄く延ばす工程は、秋田の稲庭うどんにも通じる職人の技が求められる場合もあり、生地の熟成具合や、工場内の温度、湿度によって微調整が加えられる。
裁断された生地は、新鮮な植物油、特に米油で揚げられる。揚げる際の熱によって生地が膨らみ、それぞれが異なる表情を持つ「耳」のような形に変形するのだ。この不規則な形こそが、手作り感を際立たせ、一枚一枚の個性となっている。揚げた後、表面に蜜を絡めて乾燥させることで、カリッとした軽快な歯ごたえと、黒糖の香ばしい甘みが生まれる。一般的な棒状のかりんとうが持つ、どっしりとした硬さとは異なり、耳かりんとうは厚さ3〜4ミリほどで、手に持つとふわりと軽いのが特徴だ。この軽やかさが、飽きのこない素朴な味わいと相まって、次々と手を伸ばさせる魅力となっている。
形状が語る、かりんとうの多様な姿
かりんとうと聞いて多くの人が思い浮かべるのは、おそらく黒糖で覆われた、指ほどの太さの棒状の菓子だろう。全国的に流通するかりんとうの多くがこの形をしているのは、製造効率や輸送のしやすさといった合理性が背景にあると考えられる。しかし、岩手の「耳かりんとう」は、その通念から大きく逸脱した独自の形状を持つ。円盤状に広がり、渦巻き模様を宿すその姿は、全国のかりんとうの中でも異彩を放つ存在である。
一般的な棒状のかりんとうが、小麦粉を練り、細長く成形して揚げるのに対し、耳かりんとうは薄く延ばした生地を円盤状に切り出し、それを揚げる過程で自然な変形に委ねる。この違いは、食感にも明確に現れる。棒状のかりんとうが蜜の厚みと生地の密度によってしっかりとした歯ごたえを持つことが多いのに対し、耳かりんとうは薄く揚げられているため、パリッとした軽快な食感が特徴だ。口に入れた瞬間の香ばしさと、ざくざくと噛みしめるたびに広がる生地の風味は、他のかりんとうでは味わえないものがある。
日本各地には、かりんとうの多様なバリエーションが存在する。例えば、秋田県のにかほ市金浦では、やはり薄く作られた「あつみのかりん糖」があり、そのパリパリとした食感が特徴とされている。また、京都の「あめんぼ堂」のように、厳選された素材と製法で20種類以上のかりんとうを提供する専門店もある。しかし、岩手の耳かりんとうのように、地域全体で特定の形状が主流となり、それが「耳」という具体的な呼称で定着している例は珍しい。岩手県広報X(旧Twitter)が「かりんとうってぐるぐるだよね?」と問いかけるほど、地元ではこの渦巻き型が「当たり前」のかりんとうとして認識されているのである。これは、単なる製法の違いを超え、この形状が地域の人々に深く受け入れられ、文化として根付いた証左と言えるだろう。また、「渦巻きは縁起が良い」という理由で、お供えやお祝いにも用いられていたという説もあり、形状に込められた意味合いがその定着を後押しした可能性も指摘されている。
現代の食卓と土産物としての耳かりんとう
今日、岩手県内では「耳かりんとう」を製造する菓子店が複数存在する。前述の田中菓子舗や千田庄菓子店に加え、普代村の三船製菓、そして姉帯製菓などがその代表格だ。これらの店は、それぞれの伝統的な製法を守りながら、地元の人々に愛される味を提供し続けている。
耳かりんとうは、地元スーパーマーケットや道の駅、観光地の土産物店などで広く販売されており、岩手を訪れる人々にとって定番の土産物の一つとなっている。そのユニークな見た目と素朴な味わいは、旅の記憶と共に持ち帰るのにふさわしい。オンラインストアでも購入可能であり、県外の人々も手軽にその味を楽しむことができる。
一方で、伝統的な菓子製造業もまた、後継者不足や原材料価格の高騰、大量生産品との競争といった現代的な課題に直面している。しかし、手作業による製法や、地域に根ざした素材の活用を続けることで、耳かりんとうは単なる菓子以上の価値を保っている。一つずつ異なる形を持つその姿は、大量生産では得られない温かみと、作り手の技の証でもある。現代の岩手において、耳かりんとうは、日常のおやつでありながら、地域文化を伝える「顔」としての役割も担っているのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。