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加古川流域、特に播磨平野には多くのため池が点在する。これは、加古川の水量変動や水はけの良い土壌という土地の条件に加え、古代から続く水利確保の歴史と、地域に集積された土木技術が背景にある。他の地域とは異なる分散型の水利システムが形成された。
加古川は古代から播磨の要衝として、山陽道と加古川水運の結節点であった。奈良時代には鶴林寺が建立され、平安時代には荘園が発達。中世以降も水運と街道の要衝として重要性を保ち、近代には製鉄所と鉄道の発展により重工業都市・ベッドタウンへと変貌を遂げた。
『播磨国風土記』は、和銅6年の詔により編纂された古代の地誌。地名説話や土地の評価、神話や伝承など、古代の人々が播磨の地をどう見ていたかを伝える。現存する五つの風土記の中でも、神と天皇に関する説話がバランス良く収録され、在地伝承の改変が少ない特徴を持つ。
高砂の生石神社にある「石の宝殿」は、四角く加工され水に浮かぶように見える巨石です。『播磨国風土記』にも記されるこの石は、竜山石という加工しやすい石材と古代の技術で造られたと推測されています。その目的は諸説ありますが、古代の信仰や技術を今に伝えています。
赤穂の沖合に浮かぶ家島諸島。古くから海上交通の要衝であり、名神大社・家島神社を擁する精神的中心地でもあった。天然の良港と豊かな漁場、良質な石材という複合的な産業が、この島を「いいところ」たらしめた背景を探る。
古代律令制下で「大国」とされた播磨国。その行政・文化の中心であった国府や国分寺、そして山陽道と瀬戸内海航路の交差点としての役割を解説。中世には赤松氏が台頭し、播磨の歴史を動かした。