curiosu / キュリオす
紀行で文化や歴史を綴る、好奇心をくすぐるメディア。
5 / 761 件
霞ヶ浦の名称は江戸時代には定着しておらず、明治期以降に広まったとされる。広大な水面と季節風が織りなす「霞」の風景が、その名の由来となった。縄文時代から続く水と陸の変遷や、現代の開発と保全の取り組みも辿る。
茨城県霞ヶ浦周辺で生産される「かすみ鴨」は、30年以上前に放し飼いで鴨を育てたいという思いから誕生した。長期飼育とストレスの少ない環境で育つ鴨は、旨味が凝縮され、しつこくない脂が特徴。生産者の哲学が、このブランド鴨を支えている。
霞ヶ浦・北浦ではウナギの他にコイ、ワカサギ、シラウオなどが漁獲されてきた。汽水湖から淡水湖への変化が漁業に与えた影響と、現代の漁業が直面する課題、そして持続可能な漁業への取り組みについて紹介する。
約6,000年前、霞ヶ浦周辺には太平洋とつながる巨大な内海「香取海」が存在した。縄文海進で形成されたこの海は、河川の土砂堆積と江戸時代の利根川東遷事業により、現在の霞ヶ浦や水田地帯へと姿を変えた。
霞ヶ浦や北浦に見られる「浦」という言葉。その地形は、縄文時代の海進で内湾となり、河川の土砂堆積と人間の営みによって現在の姿になった。海と陸、淡水と海水が混じり合う境界領域の曖昧さを持つ水域の成り立ちと特徴を辿る。