2026/5/23
愛媛の観光への積極性は、歴史と戦略の融合だった

愛媛は観光に積極的だと思う。どうしてそうなったのか?
キュリオす
愛媛の観光への積極性は、道後温泉や四国遍路といった古代からの歴史的土壌と、戦後のインフラ整備、しまなみ海道のサイクリングルート化、そして「オール愛媛」体制による地域経済活性化戦略が結びついた結果である。地域資源の再解釈と変革が、現代の観光振興を支えている。
愛媛の地に足を踏み入れると、そこかしこに旅人を迎え入れる気配を感じる。松山城の天守から見下ろす街並み、道後温泉の湯の匂い、しまなみ海道を駆けるサイクリストたちの笑顔。単なる観光地というよりは、地域全体が旅人との交流を積極的に楽しんでいるように見える。なぜ、これほどまでに愛媛は観光に力を入れてきたのだろうか。その背景には、一朝一夕には語れない歴史と、いくつかの転換点があった。
愛媛が旅人を迎え入れてきた歴史は、想像以上に古い。まず、日本最古級の温泉とされる道後温泉の存在が大きい。奈良時代にはすでに存在が確認されており、平安時代や江戸時代には貴族や武士、文化人が訪れる湯治場としてその名声を確立していたという。夏目漱石の小説『坊っちゃん』の舞台となったことで、その名は全国に広がり、明治時代には近代化が進められた。道後温泉本館が国の重要文化財に指定されながらも、現在まで公衆浴場として現役で営業を続けていることは、その歴史の深さと、時代を超えて人々を受け入れてきた証左と言えるだろう。
また、四国八十八ヶ所霊場という巡礼の道も、愛媛の「おもてなし」文化を育んできた要因の一つである。1200年以上の歴史を持つこの巡礼路において、愛媛は「菩提の道場」と呼ばれ、26もの札所が点在する。遍路を温かく迎え入れる「お接待」の文化は、古くから地域に根付いており、見知らぬ旅人に食事や宿を提供する慣習が現代まで受け継がれてきた。2015年には文化庁により「日本遺産」にも登録され、その回遊型の巡礼ルートと独自の文化が評価されている。
さらに、松山城もまた、この地の歴史と観光を結びつける重要な要素である。慶長7年(1602年)に加藤嘉明によって築城が開始された松山城は、現存する12天守の一つであり、江戸時代以前に建造された天守を持つ貴重な城郭だ。落雷による焼失を経て再建された天守は、現在も松山市のシンボルとして市民に親しまれ、多くの観光客を惹きつけている。これらの歴史的資産は、単なる過去の遺物ではなく、常に人々の生活や文化と結びつきながら、旅人の目的地であり続けてきたのである。
愛媛が現代的な観光振興に積極的になった背景には、いくつかの転換点と、それに対応した戦略的な取り組みがある。まず、戦後の社会情勢の変化が大きい。1953年に松山市で開催された国民体育大会の際、道後温泉に宿泊した選手たちから内湯の少なさを指摘されたことが、温泉街の再開発を促すきっかけとなったという。これを機に、道後財産区議会は新たな源泉を確保し、旅館への内湯給湯を実現。木造旅館街から鉄筋高層ホテルへの変化が進み、宿泊客数は飛躍的に増加した。この経験は、外部からの評価を真摯に受け止め、観光地のインフラを整備する重要性を地域に認識させたと言えるだろう。
第二に、高速交通網の整備がもたらした変化である。特に1999年に開通した「しまなみ海道」は、当初は本州と四国を結ぶ自動車専用道路として計画されたが、他の本州四国連絡橋とは異なる道を辿ることになる。この橋は、唯一、自転車道や歩道が併設された構造となっていたため、後に「サイクリストの聖地」としての独自の価値が見出されることになるのだ。2010年に中村時広氏が愛媛県知事に就任して以降、「愛媛マルゴト自転車道構想」を策定し、国際サイクリング大会「サイクリングしまなみ」を開催するなど、行政が積極的にサイクリング文化の推進を図ったことも、しまなみ海道が世界的な観光資源へと成長する決定的な要因となった。
第三に、地域経済の活性化への強い意識がある。愛媛県は1985年をピークに人口減少が続いており、2022年には130万人まで減少している状況だ。このような背景から、観光は地域経済を支え、活性化させるための重要な柱と位置づけられてきた。愛媛県は「えひめお接待の心観光振興条例」に基づき、2023年には「第3期愛媛県観光振興基本計画」を策定。この計画では、しまなみサイクリング、石鎚登山など「4大アクティビティ」を核とした体験型コンテンツの活用や、大阪・関西万博を契機としたインバウンド誘客の加速化などを掲げている。さらに、県、市町村、観光事業者、地域住民が一体となって観光振興に取り組む「オール愛媛」体制を構築し、DMO(Destination Management Organization)の機能強化も進められている。これらの戦略は、自然や歴史といった既存の資源に加え、新たな魅力を創出し、持続可能な観光地を目指すという愛媛の強い意志の表れである。
愛媛の観光振興における積極性は、他地域の事例と比較することで、その特徴がより鮮明になる。例えば、本州と四国を結ぶ三つの架橋ルートのうち、しまなみ海道が果たした役割は特異である。瀬戸大橋(児島・坂出ルート)や神戸淡路鳴門自動車道(明石・鳴門ルート)が物流や広域交通を主眼に置いた高速道路であるのに対し、しまなみ海道は建設当初から自転車道や歩道が併設されていた点で異なっていた。この構造が、開通から約10年後にサイクリングという新たな観光スタイルを生み出す土台となった。他の二つのルートが、より広範囲な経済圏との接続を重視したのに対し、しまなみ海道は、島々の暮らしと一体となった「地域密着型」の橋であったことが、後のサイクルツーリズムの成功に繋がったと言える。これは、インフラ整備の段階で意図せず生まれた「余白」を、行政と住民が協働して独自の価値へと転換させた稀有な例だろう。
また、道後温泉の事例も特徴的だ。日本各地に歴史ある温泉地は存在するが、道後温泉本館が国の重要文化財でありながら、現在も公衆浴場として利用され続けている点は数少ない。これは、単に文化財として保存するだけでなく、現代の生活や観光の中に生かし続けるという選択をしてきたことを意味する。多くの文化財が博物館化する中で、道後温泉は「入る」という体験そのものが歴史と文化に触れる機会となっている。これは、遍路文化における「お接待」の精神にも通じるものがある。見知らぬ旅人を迎え入れ、その旅を支えるという姿勢は、歴史的建造物に対しても「利用し、生かし続ける」という形で現れているのではないか。
さらに、しまなみ海道が「サイクリストの聖地」として世界的なブランドを目指す過程で、北海道のニセコ地域との比較がなされている点も興味深い。ニセコが海外からのスキー客の急増を受けてホテルやコンドミニアムなどの民間投資が加速したように、しまなみ海道もまた、世界的なサイクルツーリズムブランドへと発展するポテンシャルを秘めているとされている。これは、単に既存の資源をアピールするだけでなく、グローバルな視点から自らの立ち位置を捉え、戦略的にブランドを構築しようとする愛媛の姿勢を示している。他の地域が伝統や既存のイメージを維持することに重点を置く中で、愛媛は新たな価値の創出と、それを国内外に発信する積極的なマーケティングに取り組んできたと言えるだろう。
現在の愛媛県を訪れると、その観光への積極的な姿勢は具体的な形で目にすることができる。しまなみ海道は「第1次ナショナルサイクルルート」に指定され、世界中からサイクリストが訪れる場所となった。県は「愛媛マルゴト自転車道」の整備を進め、サイクリストの受け入れ環境を充実させている。道後温泉では、アートと温泉を融合させた「道後オンセナート」プロジェクトが継続され、保存修理工事中の本館の魅力を発信しつつ、別館「飛鳥乃湯泉」のような新たな施設も積極的に展開している。
また、愛媛の特産品であるみかんや今治タオルも、観光体験の中に巧みに取り入れられている。道後温泉街では「蛇口からみかんジュース」が提供され、今治タオル専門店では地元にちなんだデザインのタオルが並ぶ。これらは単なる土産物ではなく、愛媛の風土や文化を五感で体験できる仕掛けとして機能しているのだ。
インバウンド誘客にも力が入れられている。特に台湾や香港からの観光客を主要ターゲットとし、直行便の維持・拡充や、現地の旅行会社との連携によるプロモーションが展開されている。愛媛県は、「静かな日本らしさ+発見ある旅」を提供できる場所として、リピーター層にアピールしているという。一方で、遍路文化における「お接待」は、外国人観光客の増加やコロナ禍の影響で存続が難しい局面を迎えているという課題も抱えている。人口減少が進む中で、観光は愛媛県全体の経済活性化の牽引役として期待されており、県は2027年までに外国人延べ宿泊客数を倍増させる目標を掲げている。これらの取り組みは、観光を単なる集客ではなく、地域全体の持続可能性を高めるための総合的な戦略として捉えていることを示している。
愛媛が観光に積極的であるという印象は、単に現代的なマーケティング戦略に起因するものではない。その根底には、道後温泉や四国遍路といった、古くから旅人を受け入れてきた歴史的土壌がある。この地は、外からの視線や評価を常に意識し、それに応える形で変化を遂げてきたと言えるだろう。
しかし、その積極性は、常に順風満帆であったわけではない。戦後の温泉街再開発や、しまなみ海道のサイクリングルートとしての開花は、既存の価値に新たな光を当て、時には大胆な方向転換を行うことで実現してきた。それは、この地の自然条件や歴史的資産が持つ潜在能力を信じ、それを最大限に引き出そうとする、地域の人々の継続的な努力と行政の戦略的な判断が重なった結果である。
「蛇口からみかんジュース」のような一見ユーモラスな仕掛けも、地域の特産品を観光資源として見せる工夫の一つだ。それは、古くからの「お接待」の精神が、現代の観光という文脈で形を変え、旅人との新たな関係性を築こうとしている姿に他ならない。愛媛の観光における積極性は、過去の遺産をただ守るだけでなく、それを現代のニーズに合わせて再解釈し、未来へと繋ぐための継承と変革の連続の中に息づいている。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。