2026/5/29
焼津のバタ練りこんにゃく、ザクザク食感の秘密

焼津でバタ練り製法の蒟蒻が売っていた。バタ練り製法ってなに?
キュリオす
焼津で売られていたバタ練り製法のこんにゃく。その独特の食感は、生地を練る際に空気を含ませることで生まれる。手間と時間をかけた伝統製法が、味染みの良さや弾力ある歯ごたえを生み出す。
こんにゃくが日本に伝来したのは、飛鳥時代から平安時代にかけて、仏教とともに中国から薬用として伝わったという説が有力である。当初は貴族や僧侶の間で珍重されたが、鎌倉時代から室町時代にかけて精進料理の食材として広まり、やがて庶民の食卓にも上るようになった。
現代のこんにゃく製造の基礎を築いたのは、江戸時代中期の1776年、水戸藩領(現在の茨城県)の中島藤右衛門とされる。彼は腐りやすい生芋を乾燥させて粉にする「精粉(せいこ)」の製法を考案した。これにより、こんにゃくは一年中製造・流通が可能となり、その普及に大きく貢献したのだ。それ以前の製法は、生のこんにゃく芋をすりおろし、草木灰を溶かした灰汁(あく)で凝固させるという、地域ごとの手作業が主だった。「バタ練り」と呼ばれる製法も、そうした手作業から機械化へと移行する中で、特定の食感や味を追求する形で発展してきた伝統的な手法の一つである。焼津の岩崎蒟蒻店では、昭和2年(1927年)の創業以来、この製法を受け継いでいるという。
「バタ練り」という名称は、こんにゃくの原料を練る際に、専用の機械の羽根が容器の壁に当たる「バタバタ」という音に由来すると言われている。この製法では、こんにゃく芋を粉にしたもの(精粉)や生芋を水に溶いた糊状の生地と凝固剤を混ぜ合わせる工程で、「バタ練り機」と呼ばれる四角い鉄の箱に羽根が付いたシンプルな器具を用いる。
この機械で生地を長時間、空気を含ませるように練り上げるのが特徴だ。練り方や速度、加えるお湯の温度などは、その日の気温や湿度、季節によって職人の経験と勘に頼る部分が大きい。この手間をかけることで、生地の中に不均一な気泡が数多く生まれる。
この気泡こそが「バタ練り」こんにゃくの持ち味を決定づける要素となる。気泡があることで、こんにゃくは独特の「ザクザク」あるいは「シコシコ」とした歯ごたえが生まれ、噛むと気泡が弾けるような食感が楽しめるのだ。さらに、この不均一な気泡には煮汁がよく染み込むため、料理の味がこんにゃく全体に行き渡りやすい。加えて、気泡がアクを抜きやすくする効果も持ち、こんにゃく特有の臭みが抑えられるとも言われている。
こんにゃくの製法は、大きく分けて「生芋から作る方法」と「精粉から作る方法」がある。一般的に家庭で手作りされる際は、生芋をすりおろして作るが、市販品の多くは精粉を原料としている。精粉を使うことで、年間を通して安定した品質と供給が可能になるからだ。
凝固剤もまた、こんにゃくの性質を左右する要素である。伝統的には草木灰の灰汁が用いられたが、現代では水酸化カルシウム(消石灰)や炭酸ソーダ(炭酸ナトリウム)が一般的だ。中には、ホタテの貝殻から作られる貝殻焼成カルシウムを使用し、こんにゃく臭を抑える工夫をしている製造者もある。
「バタ練り製法」が他の製法と決定的に異なるのは、その「練り」の工程にある。現代の大量生産では、こんにゃく糊と凝固剤を混ぜて自動で撹拌し、そのまま袋に充填して固める「生詰め」という製法が主流である。この方法は短時間で大量生産が可能であり、コストを抑えられるという利点がある。しかし、この製法ではバタ練りのような独特の気泡は生まれにくい。
一方、バタ練り製法は、手間と時間がかかり、職人の熟練した技術が求められるため、大量生産には向かない。この効率性の差が、現代においてバタ練り製法を用いる製造者が限られている理由の一つだろう。だが、この手間をかけるからこそ、味染みの良さや弾力のある食感、そしてこんにゃく本来の風味を引き出すことができると、その製法を守る人々は考えているのだ。
現在、「バタ練り製法」でこんにゃくを製造する業者は日本全国でも数社に過ぎないと言われている。その理由は、前述の通り、手間と時間がかかり、大量生産が困難であるためだ。しかし、その希少性ゆえに、この製法で作られたこんにゃくは、独特の食感と味染みの良さで知られ、根強いファンを持つ。
焼津の「岩崎蒟蒻店」は、昭和初期からこのバタ練り製法を受け継ぎ、熟練の女性職人が手作りでこんにゃくを作り続けている。地元のスーパーや飲食店でも提供され、静岡おでんの具材としても親しまれているという。また、この伝統的なこんにゃくを現代の食文化に繋げようと、地元のイタリアンシェフと協力してこんにゃくのフルコースを企画するなど、新たな試みも行われているようだ。こうした動きは、単に伝統を守るだけでなく、その価値を再発見し、新しい形で提案しようとする現代の生産者の姿勢を示している。
焼津で出会った「バタ練り製法」のこんにゃくは、単なる食材の製法以上のものを語っているように思える。それは、効率化と大量生産が主流となる現代において、手間と時間を惜しまず、特定の品質を追求する作り手の姿勢だ。
こんにゃくという、それ自体は淡白な食材が、練り方一つでこれほどまでに食感や味の染み込み方が変わるという事実は、日本の食文化がいかに繊細な違いを追求してきたかを示している。バタ練り製法がもたらす不均一な気泡は、均一性を重んじる工業製品とは対照的であり、そこにこそ手仕事の温かみや、素材の持ち味を最大限に引き出す工夫が凝縮されているのだろう。焼津の小さな店で受け継がれるこの製法は、忘れられがちな、食の奥行きを静かに教えてくれる。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。