2026/5/21
尾道で愛される「からさわ」のたまごアイス、その魅力とは

尾道のアイス「からさわ」について詳しく知りたい。
キュリオす
尾道で長年親しまれるアイスクリーム店「からさわ」。喫茶店から始まった歴史の中で、卵を多く使った独自の「たまごアイス」が誕生した。その素朴な味わいと、パリパリのモナカの食感が、尾道の風景と共に人々に愛され続けている。
尾道水道に沿って、古い家々が密集する坂道と、時折現れる平坦な海岸通りが交錯する。海を渡るフェリーの汽笛が聞こえ、細い路地からは猫が顔を出す。観光客の多くが、この町特有のノスタルジックな雰囲気に惹かれ、坂道を上り下りしながら、ふと足を止める場所がある。そこは、昭和初期から続く一軒のアイスクリーム店「からさわ」だ。なぜ、この簡素な「たまごアイス」と「アイスモナカ」が、尾道という町を象徴する甘味として、これほど長く愛され続けているのだろうか。
からさわの歴史は、1939年(昭和14年)に喫茶店として始まった。創業者は、尾道の賑やかな港で自転車による和菓子の行商から身を起こし、やがて海岸通りに大判焼きの屋台を開いた人物である。戦時中の物資が乏しい時代には、大豆で代用コーヒーを煎れるなど工夫を凝らし、当時としては珍しいアイスキャンディーも提供していたという。
転機が訪れたのは、昭和20年代半ばのことだった。ラジオから流れるイタリアンジェラートの話に触発された創業者は、独学でアイスクリームの研究を始める。手元にあったお菓子のこしらえ方の本などを参考に、試行錯誤を重ねた。そして、鶏卵を多く用いるフランス式の「グラス」(glace)に着目し、特に卵黄を使う「グラス・オ・ズ」(glace aux oeufs)を参考に、独自の「たまごアイス」を完成させたのだ。 この製法は、一般的なアイスクリームの約2倍もの卵を使用すると言われている。 物資が限られ、娯楽も少なかった時代に、この手作りのアイスクリームは、尾道の人々にとって貴重な「癒しの味わい」として浸透していった。
からさわの「たまごアイス」は、着色料を使わず、卵そのものが持つ自然なクリーム色をしている。その味わいは、濃厚ながらも後味がさっぱりとしており、ジェラートのような口どけの良さが特徴だ。 卵の風味が豊かに広がる一方で、しつこさがなく、どこか懐かしさを覚える優しい甘さが多くの人に支持されてきた。
このたまごアイスを挟んだ「アイスモナカ」は、からさわの看板メニューであり、最も人気のある商品である。 注文を受けてから一つずつ手作業でアイスをモナカの皮に挟むため、皮は常にパリパリとした食感を保っている。 このモナカの皮は八角形の形状で、表面には「ICE CREAM SPECIAL」の刻印が施されており、その見た目もまた特徴的だ。 尾道の海岸通りという立地も、このアイスモナカの魅力を高める要因となっている。店先のベンチや、尾道水道に突き出た突堤で、潮風を感じながらアイスモナカを味わうという体験は、尾道散策の一部として定着しているのだ。
日本各地には、その土地ならではの素材や歴史を背景に、長年愛され続ける「ご当地アイス」が存在する。例えば、北海道の「白い恋人ソフトクリーム」は、有名土産菓子を現地でしか味わえない形で提供し、観光需要を獲得している。 山梨県の「信玄餅アイス」も、伝統的な和菓子をアイスクリームにアレンジすることで、独自性と話題性を生み出した事例だろう。 これらの多くは、地元の特産品を前面に出し、その地域固有のブランド力を活かすことで成功を収めている。
からさわのたまごアイスも、尾道という土地に根ざした名物である点では共通している。しかし、その素材は「尾道産の卵」というよりも「卵を多く使うフランス式」という製法に由来する。 特産品を直接的にアピールするのではなく、シンプルながらも確かな品質と、懐かしさを感じさせる味わいを追求した点が特徴的だ。地域に特化した素材ではなく、普遍的な「卵」という素材を、独自の製法で昇華させたところに、からさわの独自性がある。また、多くのご当地アイスが土産物としての側面を持つ一方、からさわのアイスモナカは、その場で食べる「体験」に重きが置かれている。 この「その場で味わう」という特性が、尾道という観光地の散策と結びつき、単なる食品に留まらない価値を生み出していると言える。
からさわは、現在も尾道市土堂の海岸通りに店舗を構え、創業者の味を守り続けている。 現在のオーナーは3代目にあたるという。 店内には、レトロな雰囲気のイートインスペース「モナカルーム」が併設されており、海を眺めながらゆっくりとアイスを味わうことができる。 昔ながらのたまごアイスに加え、抹茶アイスやごまアイス、季節限定のいちごアイスなども提供されているが、やはり「たまごアイス」と「アイスモナカ」が不動の人気を誇る。
休日ともなれば、アイスを求める客で店前には列ができ、時には交通整理のガードマンが必要になるほどだという。 地元の人々にとっては、学生時代から親しんだ「ソウルフード」であり、学校帰りのご褒美としてアイスモナカを食べる光景は、尾道の日常の一部であった。 近年、尾道は「しまなみ海道」の起点としてサイクリストに人気を集め、映画や文学の舞台としても注目されるなど、観光地としての魅力が増している。 からさわは、この変化する尾道の中で、変わらない味と風景を提供し続けることで、観光客にとっても「尾道らしさ」を体感できる場所となっているのだ。
尾道からさわのアイスが、単なる冷菓に留まらず、町の象徴として定着した背景には、いくつかの要素が重なり合っている。一つは、創業者が独学で確立した「たまごアイス」のレシピが、時代を超えて受け継がれてきたことだ。特別な素材に頼らず、普遍的な「卵」という素材の可能性を追求し、懐かしさと新鮮さが同居する独自の風味を生み出した。その味は、地元の人々にとっては記憶と結びつき、観光客にとっては尾道のノスタルジーを体感する入り口となる。
もう一つは、尾道という町の特異な風景との調和である。海と坂道、古い町並みが織りなす独特の情緒は、からさわの簡素な店構えと、注文を受けてから挟むアイスモナカの素朴さに、奥行きを与えている。海岸通りで海を眺めながらアイスを味わうという行為は、単なる飲食ではなく、尾道の時間と空間を体験することに繋がる。多くの地域名物が「豪華さ」や「新奇性」を追求する中で、からさわは「変わらないこと」と「場所との一体感」によって、その存在感を確立してきた。それは、派手さはないが、確かな手応えを残す尾道という町そのもののあり方と、どこか重なるように見える。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
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