2026/5/29
実相寺の庭園、石組の再発見と「見立て」の妙

実相寺について詳しく教えてほしい。とても綺麗な庭園があった。
キュリオす
実相寺は金指近藤家の菩提寺として江戸時代に整備された。庭園は築山式枯山水で、見る位置で景観が変わる仕掛けがある。近年、石組が再発見・整備され、地域固有の借景を取り入れた「見立て」の多様性が特徴となっている。
実相寺の歴史は、南北朝時代の嘉慶元年(1387年)に、遠州の名刹・方広寺を開いた無文元選禅師の第一弟子である悦翁禅師が「新正院」として創建したことに始まる。当初は現在地よりもやや南に位置していたという。
時代が下り、江戸時代初期の寛永5年(1628年)、この地を治めた金指近藤家の二代目、近藤貞用が父である近藤季用を祀るため、新正院を現在地に移転し、「実相寺」と改称した。ここから実相寺は金指近藤家の菩提寺としての役割を担うことになる。近藤季用は、徳川家康に仕え、小田原征伐や関ヶ原の戦いで戦功を挙げ、金指一帯の領地を与えられた旗本であった。
寺の伽藍も近藤家の支援により整備が進められ、本堂は延宝6年(1678年)、観音堂は元禄15年(1702年)、鐘楼門は享保2年(1717年)に建立された。これらの建築物は江戸時代の様式を今に伝える浜松市指定有形文化財となっている。庭園もまた、こうした伽藍の再整備と同時期に作庭されたと推測されており、その全貌が明らかになったのは比較的近年、平成6年(1994年)のことであった。
実相寺の庭園は「築山式枯山水庭園」と称され、約300平方メートルの敷地に、禅の思想と自然の景観を凝縮して表現している。この庭園の最大の特徴は、見る位置によって異なる景観が展開される点にある。観音堂から庭を眺めると、まず目に飛び込むのは「三尊形式」と呼ばれる三つのコブを持つ築山である。この築山の背後には、近藤季用夫妻の塚墓が再建されており、さらに遠方には三岳山を借景として取り込むことで、奥行きのある雄大な風景が作り出されているのだ。
築山の中腹から裾にかけては、豪快な枯滝石組が配され、その中には仏の三尊を表す石組や、滝を登る鯉を表現した「鯉魚石」などが見て取れる。鯉魚石は、禅の修行におけるひたむきさを象徴すると言われている。また、不老不死の仙人が住むとされる「蓬莱山」に見立てた石組も組み込まれている。
一方、本堂側から庭を眺めると、出島を中心とした平庭式の景観が広がる。ここでは鶴の羽に見立てた「羽石」や亀石組、そしてそれらを隔てるように配置された「仁王石」が、大海に浮かぶ仙境を思わせる。それぞれの石組が持つ意味合いを知ることで、庭園の持つ重層的なメッセージを読み解くことができるだろう。この複雑で象徴的な石組の配置は、平成6年(1994年)に作庭家・中根金作率いる中根庭園研究所による発掘調査と修復・整備を経て、その姿を現代に伝えている。
実相寺の枯山水庭園は、その設計において、自然の風景を抽象化し、石や砂、植物によって表現する「見立て」の技法を随所に用いている。こうした「見立て」による庭園は、日本各地に存在するが、実相寺の庭園を特徴づけるのは、その多角的な視点と、地域固有の借景の取り込み方にある。
例えば、実相寺から約2kmほどの距離に位置する龍潭寺(りょうたんじ)の庭園も、同じく築山式の枯山水であり、三尊石組が配されるなど共通の要素が見られる。しかし、龍潭寺が小堀遠州作と伝えられる池泉鑑賞式庭園として確立した名庭であるのに対し、実相寺は近年にその石組が再発見され、整備されたという経緯を持つ。この「再発見」という事実が、実相寺の庭園に独特の奥行きを与えている。つまり、長きにわたり土中に埋もれ、その存在を忘れ去られていた石組が、時を経て再び日の目を見たことで、過去と現在が結びつく物語が生まれたのである。
また、京都の竜安寺のような平坦な砂地に石を配置する抽象性の高い枯山水と比較すると、実相寺は築山や枯滝といった立体的な要素を多く取り入れ、背後の三岳山を借景とすることで、より具体的な自然の風景を想起させる。これは、禅の精神性を表現しつつも、地域の自然環境と一体化しようとする意図の表れとも解釈できるだろう。単に自然を模倣するのではなく、その土地の持つ風景を庭園の一部として取り込み、見る者の精神に働きかける。この「見立て」の多様性が、実相寺の庭園を他の名庭とは異なる独自の存在にしている。
現在、実相寺の庭園は平成20年(2008年)11月11日に静岡県指定名勝に指定され、その歴史的・文化的価値が公的に認められている。かつては金指近藤家の菩提寺として、そして地域の人々の信仰を集める場として栄えたこの寺は、今も変わらず静かな佇まいを保っている。
訪問者は、本堂の東側、観音堂の北側に位置する庭園を自由に散策し、その枯山水の美しさを鑑賞できる。特に3月下旬から4月上旬にかけてはミヤマツツジが、5月上旬にはサツキが見頃を迎え、石と砂のなかに彩りを添える。庭園へのアクセスは、金指の旧街道から続く細く急な坂道を登った先にあり、その道のり自体が、日常から隔絶された空間へと誘う導入となる。駐車場も整備されており、訪れる人々を静かに受け入れている。
実相寺は、浜名湖周辺に点在する「湖北五山」のような著名な禅寺群とは異なる、いわば「湖北の隠れた名刹」としての性格を帯びている。しかし、その庭園が持つ精緻な造形と深い精神性は、観光客だけでなく、地元の文化財保護に関わる人々によって大切に守られている。
実相寺の庭園を巡り、その歴史と造形に触れると、単なる「美しい庭」という印象から、異なる視点が生まれてくる。それは、この庭園が持つ「時間の層」という側面である。室町時代に端を発し、江戸時代に近藤家によって現在の地に整備され、そしてつい数十年前までその全貌が忘れ去られていた石組が、再び光を当てられたという経緯。
この庭園は、作庭者の意図が明確に読み取れる部分と、長い時間の経過の中で自然と形成されたかのような表情が混在している。三岳山を借景とする壮大な構図は、人間が自然を取り込もうとする意志の表れであり、一方で、苔むした石や季節の花々は、時の流れに委ねられた自然の営みを静かに示している。
実相寺の庭園は、完成された美しさだけでなく、発見され、修復され、そして今も手入れされ続ける「進行形の文化財」である。その石の一つ一つ、砂の一筋に、過去の歴史と、現在の維持管理の労力、そして未来へと受け継がれていくであろう静かな時間が刻まれているのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。