2026/5/29
舞阪の海苔羊羹と団子、浜名湖の磯の香りが甘味になるまで

舞阪の名物の海苔羊羹や団子について詳しく知りたい。海苔を使った羊羹は珍しい。
キュリオす
舞阪では、文政年間から続く海苔養殖の歴史があり、浜名湖産の青のりが和菓子に活用されている。海苔羊羹や海苔みたらし団子には、青のりの独特な磯の香りが甘味と調和し、地域ならではの風味を生み出している。
浜名湖の東岸に位置する舞阪の町を歩くと、時折、磯の香りがふわりと鼻をかすめる。それは、この地が古くから海と密接に関わってきた証だ。そして、その磯の香りが、意外な形で和菓子に息づいている。舞阪名物の「海苔羊羹」や「海苔みたらし団子」は、一見すると奇妙な組み合わせに思えるかもしれない。しかし、なぜこの地で、海苔が甘味として受け入れられ、定着してきたのか。その問いの先に、浜名湖の歴史と、この土地ならではの知恵が見えてくる。
舞阪における海苔養殖の歴史は、江戸時代後期の文政3年(1820年)頃にまで遡る。信州諏訪郡の商人であった森田屋彦之丞が、舞阪宿に宿泊した際、浜名湖の石垣に海苔が付着しているのを見て、その養殖を思いついたという。当時の舞阪宿は東海道の要衝であり、東西交通の拠点として賑わっていた。彦之丞は、武州(神奈川県)大森で実践されていた浅海での海苔養殖法と製造技術を地元に伝えたとされる。遠浅で潮の満ち引きがある汽水湖という浜名湖の環境は、海苔の養殖に適しており、この技術伝来をきっかけに舞阪の海苔養殖は発展した。現存する日本の海苔養殖場としては最古級とも言われている。舞阪の海苔業者は、彦之丞の遺徳を偲び、1887年頃には供養碑を建立し、現在も「海苔の日」である2月6日には海苔供養祭が行われているという。この海苔養殖は舞阪宿の主要な産業となり、疲弊していた宿の財政を立て直すほど多大な利益をもたらしたとされる。
舞阪の海苔羊羹や海苔みたらし団子に用いられるのは、主に浜名湖で養殖される「青のり」(ヒトエグサ)である。この青のりは、一般的な板海苔に使われる紅藻類のアマノリとは異なり、鮮やかな緑色と、加熱した際に広がる独特の磯の香りが特徴だ。 生のまま食すと、その薄さゆえに舌に吸い付くような滑らかな食感が楽しめる。 海苔羊羹は、明治35年(1902年)創業の江の島「中村屋羊羹店」が考案したとされるものが有名だ。 白いんげん豆を主とした白餡に青のりを混ぜ込むことで、羊羹の上品な甘さの中に、青のりのほのかな磯の香りが加わる。この意外な組み合わせが、互いの風味を引き立てるのだ。甘さを抑えた餡と、鼻に抜ける海苔の香りが調和し、独特の風味を生み出す。
一方、近年登場した「舞阪団子」の海苔みたらし団子では、焼きたての団子に自家製の甘だれと浜名湖産の生青のりがたっぷりと使われている。 もちもちとした米粉の団子に、甘じょっぱいみたらしと、磯の香りが強い生青のりが絡み合う。この団子を考案した漁師の澤幡氏は、第一次産業に携わる者として地元産・国産原料にこだわるという。 浜名湖の青のりは、その香りや舌触りの良さから、食品素材としての可能性が注目されており、和菓子への応用もその一環と言えるだろう。
海苔を甘味に使うという発想は、全国的に見れば決して主流ではない。しかし、類似の事例はいくつか存在する。例えば、神奈川県江の島の「中村屋羊羹店」の海苔羊羹は、明治時代から続く銘菓として知られている。 ここでも、島の岩場に生える海苔から着想を得て、白いんげん餡と青海苔を合わせたという経緯がある。 また、熊本県には有明海産の焼き海苔で豆やあられを巻いた「風雅巻き」という海苔菓子がある。 これは甘味というよりは米菓に近いが、海苔の風味を前面に出した菓子として定着している。 鹿児島県には海苔粉を使った「兵六餅」のような例もあり、海苔を甘い味で食す文化は皆無ではない。
これらの事例に共通するのは、いずれも質の良い海苔が豊富に採れる地域であるという点だ。舞阪の浜名湖青のりも、江の島の海苔も、有明海の海苔も、それぞれ独自の特性と強い風味を持つ。 質の良い素材が手近にあるからこそ、その素材を最大限に活かす方法が模索され、伝統的な枠を超えた応用が生まれてきたと言える。通常の海苔が持つ「塩味」や「磯臭さ」といったイメージを、甘味と組み合わせることで「風味」へと転換させる発想は、その土地の産物を深く理解し、工夫を凝らした結果だろう。
また、団子に「志んこ」という名がつく菓子は、京都や新潟の松之山にも見られる。京都の「祇園饅頭」の志んこは、うるち米の粉と上用粉を使い、蒸して作る団子で、江戸時代にはヒエやアワで作られたものが、後に「真粉(しんこ)=本物の米粉」を使うという意味で名付けられたという。 松之山の志んこ餅も、もち米ではなくうるち米から作られる餅である。 これらもまた、地元で手に入る米を加工して作る郷土菓子であり、地域の素材を活かすという点で舞阪の海苔団子と共通する。
現在の舞阪では、海苔羊羹や海苔みたらし団子は、浜名湖の恵みを伝える新たな名物として、観光客や地元の人々に親しまれている。特に「舞阪団子」は2023年10月に開店し、漁師が手がける店として注目を集めている。 地元産の青のりをふんだんに使った海苔みたらし団子は、焼きたてを提供することで、その磯の香りと甘じょっぱいタレの組み合わせが好評を博しているという。
浜名湖の青のりは、2020年には「浜名湖のり」として地域団体商標に登録され、そのブランド化が推進されている。 佃煮やふりかけといった伝統的な利用法に加え、パスタ、パンケーキ、トーストなど、様々な料理への応用も提案されており、和菓子もその可能性の一つとして捉えられているのだ。 2010年には浜名湖のりを使った和菓子の新商品が開発されるなど、地元老舗菓子店による試みも行われてきた。 このように、舞阪の海苔を使った菓子は、伝統を守りつつも、新しい価値を創造しようとする地域の動きの中で、その存在感を増している。
舞阪の海苔羊羹や団子にみる海苔の利用は、単なる珍しさで片付けられるものではない。それは、汽水湖という独特の環境が育む素材の多様性と、それを最大限に活かそうとする人々の知恵が結実した姿である。浜名湖の青のりが持つ、鮮やかな色、滑らかな舌触り、そして加熱によって引き立つ磯の香りという特性は、他の海苔とは一線を画す。この個性的な海苔が、甘味と出会うことで、誰もが想像しなかったような新しい味覚の領域を開拓した。
海苔を甘味に用いる発想は、一見すると異端に見えるかもしれないが、その根底には、身近な自然の恵みを無駄なく、そして美味しく享受しようとする普遍的な精神が流れている。舞阪の菓子は、浜名湖という土地が持つ豊かな水産資源と、それを文化として昇華させてきた歴史を、口の中で静かに語りかけてくる。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
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