2026/5/29
袋井の「たまごふわふわ」はいつから?江戸時代の旅籠で生まれた泡のような食感

袋井のたまごふわふわって何?いつからあるの?
キュリオす
袋井宿で提供されていた「たまごふわふわ」は、江戸時代初期の料理書にも記録がある。卵と出汁を泡立てて蒸すシンプルな調理法で、当時の旅人に愛された。現代では袋井市の郷土料理として復活し、町おこしに貢献している。
「たまごふわふわ」。その響きは、どこか現代の「ゆるふわ」に通じるものがあるかもしれない。静岡県袋井市を訪れると、この不思議な名前の料理が、あたかも古くからの友人のようにそこかしこで顔を出す。しかし、その素朴な名前の裏には、江戸時代の旅路と食文化、そして現代の町おこしに繋がる、意外な歴史が隠されているのだ。一体この「ふわふわ」は何なのか、そしていつから袋井の地に根付いたのだろうか。
たまごふわふわの起源は江戸時代にまで遡る。特に注目されるのは、1813年に大阪の豪商・升屋平右衛門重芳が記したとされる『仙台下向日記』だ。この旅日記には、彼が仙台へ向かう道中で立ち寄った東海道の宿場町、袋井宿の大田脇本陣で朝食に「玉子ふわふわ」が出されたとの記述が残されている。 また、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』にも、この料理が登場すると言われる。
さらに遡ると、1643年刊行の料理書『料理物語』に「玉子ふわふわ」のレシピが掲載されているのが確認できる。 このことから、たまごふわふわは江戸時代初期にはすでに存在し、広く知られていた料理であったことがわかるのだ。徳川三代将軍家光が後水尾天皇をもてなした際の饗応料理の献立にも「吸物 フワフワ」という名称の料理が記載されていたとの説もあり、武士や豪商といった上流階級の間でも食されていた高級料理であった可能性も指摘されている。 江戸時代には卵自体が高価な食材であり、幕末の『守貞漫稿』によれば、うどんやそば一杯が16文であった時代に、茹で卵一つが約20文で売られていたという記録もある。 当時の卵料理は「利休卵」や「松風卵」など多様に存在したが、たまごふわふわもその一つとして、特別な位置付けにあったのかもしれない。
「たまごふわふわ」の正体は、卵と出汁を基本とした非常にシンプルな料理である。 その製法は、まず出汁に塩や薄口醤油、みりんなどで味を調え、これを温めておく。 一方で卵をしっかりと泡立て、クリーム状にするのだ。 鍋で煮立った出汁に、この泡立てた卵を一気に流し込み、すぐに蓋をして蒸らす。 こうして出来上がるのは、まさに「ふわふわ」という名にふさわしい、泡のように軽やかで、口の中でとろけるような食感の卵料理である。
調理法自体は簡潔に見えるが、この「ふわふわ」とした独特の食感を生み出すには、卵の泡立て方や蒸らし加減に熟練の技が求められる。 現代の茶碗蒸しに似た印象を受けるかもしれないが、茶碗蒸しがプリン状に固まるのに対し、たまごふわふわはよりスフレのような軽やかさを持つ点が異なる。 また、器を直火にかけるなど、調理法にも特徴が見られる。 江戸時代の料理書『料理物語』では、卵を溶いて出汁に入れ煮立てるものとされ、酒や醤油は入れない方が良いといった記述もあるが、他の文献では醤油や酒を加えるレシピも見られるなど、時代や地域、あるいは個々の料理人によって様々な解釈があったようだ。
たまごふわふわのような卵を泡立てて蒸す料理は、世界各地の食文化にも見られる普遍的な要素を持つ。例えば、フランス料理のスフレや、イタリアのフリッタータなど、卵を空気を含ませて調理する手法は枚挙にいとまがない。しかし、たまごふわふわが特異なのは、それが東海道という「旅路」の宿場町で、旅人の朝食として供されていた点だろう。
江戸時代の旅籠で出される食事は、必ずしも豪華絢爛なものではなかった。しかし、袋井宿のような本陣や脇本陣では、身分の高い大名や豪商が宿泊するため、それにふさわしいもてなしが求められた。 卵が高価であった当時、だし汁と卵というシンプルな素材で、これほどまでに洗練された「ふわふわ」の食感を生み出す料理は、旅の疲れを癒やすとともに、特別な朝食として旅人の記憶に残ったに違いない。現代の茶碗蒸しが、多くの場合、具材を豊富に含み、家庭料理としても親しまれるのに対し、たまごふわふわはあくまで卵そのものの風味と食感を最大限に引き出すことに主眼が置かれている。この違いは、単なる調理法の差に留まらず、それが生まれた時代背景や、提供された場の性格を色濃く反映していると言えるだろう。
一度は歴史の中に埋もれかけた「たまごふわふわ」だが、現代において袋井市はこれを「ご当地グルメ」として復活させ、町おこしの中核に据えている。 袋井市観光協会が中心となり、当時の文献を参考にしながらレシピを再現し、市内の複数の飲食店で提供されるようになった。 現在では、卵と出汁の基本形に加え、店によってはキノコやとらふぐなどの具材を加えたり、チーズケーキとしてアレンジしたりと、現代的な創意工夫が凝らされたものも登場している。
かつては将軍家や豪商しか口にできなかった高級料理が、今では350円から500円ほどの手頃な価格で味わえるようになった。 袋井市内の小学校では料理教室でたまごふわふわが作られたり、歌まで作られたりするなど、地域に密着した食文化として親しまれている。 東海道五十三次のちょうど真ん中に位置する宿場町として、袋井宿は歴史的な魅力を持ちながら、この「たまごふわふわ」を新たな観光資源として活用しているのだ。 旅籠屋を模した宿泊施設や、日帰り温泉施設でも提供され、多くの人々がその独特の食感を体験するために袋井を訪れている。
袋井の「たまごふわふわ」は、単なる郷土料理の復刻に留まらない。それは、遠く江戸時代にまで遡る人々の食への工夫と、現代の私たちを繋ぐ架け橋のような存在だ。卵と出汁という極めてシンプルな素材から、これほどまでに繊細で、しかし確かな満足感を与える料理が生み出された事実は、食の普遍的な価値を問いかけてくる。
豪華な食材や複雑な調理技術がなくても、素材の持ち味を最大限に引き出し、食べる人に驚きと喜びを与えることができる。江戸時代の旅人が、袋井宿でこの「ふわふわ」を口にした時、そこには旅の疲れを忘れさせる一瞬の安らぎがあっただろう。現代の私たちがそれを味わう時、そこには時間と空間を超えた、名もなき料理人の心遣いと、それを大切に受け継いできた人々の思いが、確かに息づいているのを感じるのだ。その軽やかな食感の中に、歴史の重層が静かに横たわっている。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。